大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和58年(ネ)3181号 判決 1985年3月28日

控訴人

日野太郎

右訴訟代理人

松本信一

被控訴人

長野組

右代表者組長

長野二郎

被控訴人

有限会社信州商事

右代表者

長野二郎

被控訴人

乙野一郎

右三名訴訟代理人

鈴木康之

主文

一  原判決を次のとおり変更する。

1  被控訴人長野組、同有限会社信州商事は控訴人に対しそれぞれ別紙目録記載の建物を明け渡し、かつ、昭和五七年一〇月二八日から右建物明渡し済みまで一か月金七万五、〇〇〇円の割合による金員を支払え。

2  控訴人の被控訴人乙野一郎に対する請求を棄却する。

二  訴訟費用は第一、第二審とも、被控訴人乙野一郎との関係については控訴人の負担とし、その余の部分はすべて被控訴人長野組、同有限会社信州商事の負担とする。

三  この判決は等一項1に限り仮に執行することができる。

事実

一  控訴代理人は「原判決を取り消す。被控訴人らは控訴人に対しそれぞれ別紙目録記載の建物(以下「本件建物」という。)を明け渡し、かつ、昭和五七年一〇月二八日から右建物明渡し済みまで一か月金七万五、〇〇〇円の割合による金員を支払え。訴訟費用は第一、第二審とも被控訴人らの負担とする。」との判決並びに仮執行の宣言を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。

二  控訴人の主張

(主たる請求原因)

1  本件建物は、控訴人の所有であるが、控訴人は、昭和五七年一〇月一九日、被控訴人乙野一郎に対し本件建物を賃料一か月金七万五、〇〇〇円、暴力団やその関係者には使用させない、との約定で賃貸し、これを引き渡した。

2  ところが、被控訴人乙野一郎は、昭和五七年一〇月二一日、被控訴人長野組及び同有限会社信州商事(以下「被控訴人信州商事」という。)に対し控訴人に無断で本件建物を転貸し、右両被控訴人において本件建物に入り込み、これを占有しているが、被控訴人長野組は暴力団である。

3  そこで、控訴人は、昭和五七年一〇月二七日被控訴人乙野一郎に対し右無断転貸及び暴力団を本件建物に入り込ませたことを理由として、本件賃貸借契約を解除する旨の意思表示をした。

4  控訴人は、被控訴人長野組及び同信州商事が本件建物を占有していることにより被控訴人乙野一郎との約定賃料に相当する一か月金七万五、〇〇〇円の割合による損害を被つている。

5  よつて、控訴人は、被控訴人乙野一郎に対しては賃貸借の終了に伴う原状回復として、被控訴人長野組及び同信州商事に対しては所有権に基づく返還請求として、それぞれ本件建物を明け渡し、かつ、賃貸借の終了の翌日若しくは占有開始の後である昭和五七年一〇月二八日から右建物明渡し済みまで一か月金七万五、〇〇〇円の割合による前記約定賃料に相当する使用損害金の支払を求める。

(予備的請求原因)

1  本件建物は、控訴人の所有であるが、控訴人は、昭和五七年一〇月一九日、被控訴人信州商事に対し本件建物を賃料一か月金七万五、〇〇〇円で賃貸し、これを引き渡した。

2  ところで、右賃貸借については、当事者間に賃借人は本件建物を暴力団やその関係者には使用させない旨の約定があるところ、被控訴人信州商事は、昭和五七年一〇月二一日、暴力団である被控訴人長野組を本件建物に入り込ませ、被控訴人長野組も被控訴人信州商事と共同で本件建物を占有するに至った。

3  そこで、控訴人は被控訴人信州商事に対し、昭和五七年一〇月二二日口頭で、同月二七日に書面でそれぞれ本件賃貸借契約を解除する旨の意思表示をした。

4  また、右賃貸借については、当事者間に賃借人は「危険若しくは近隣に迷惑を及ぼす営業」をすることができない旨の約定があるところ、被控訴人信州商事は、暴力団である被控訴人長野組を本件建物に入り込ませたことにより、近隣に次のような迷惑を及ぼしている。

(1) 控訴人や近隣の者は、被控訴人長野組によつて、いつ何をされるか、分らないという恐怖感にとらわれている。現に、被控訴人長野組は、本件建物に入り込んでから間もない昭和五七年一一月七日、一般市民のひとりを本件建物内に逮捕、監禁するという刑事事件を惹き起こし、幹部が拘禁された。

(2) 本件建物は二階であり、一階は水道工事業者と化粧品販売会社が使用しているところ、両者とも被控訴人長野組が本件建物を使用するようになつてから、他への移転を希望し、控訴人に対し代りの店舗の提供か、移転補償料の支払を求めている。控訴人は、本件訴訟の結果が確定するまで移転を思いとどまつてもらつているが、被控訴人信州商事、同長野組が駐車場を占拠してしまつているので、右一階の賃借人に対しては別の場所にある駐車場を無償で提供している。

(3) 本件建物の近くには横断地下道の入口があり、中学生が通学時に利用していたが、被控訴人信州商事、同長野組が本件建物を使用するようになつてからは、恐いと言つて利用しなくなつた。このためPTAは通学路の変更について協議したが、間もなく被控訴人長野組の幹部が拘禁されたので、暫く様子を見ることになつた。

(4) 被控訴人信州商事、同長野組は、近隣の駐車場やその入口に勝手に自動車を駐車させるため、控訴人に対し近隣の者からの苦情の申し出がある。控訴人は、その都度警察に連絡して注意をしてもらつているが、右被控訴人らが同じことを繰り返すため駐車場所を他へ移した者もある。

以上の次第で、控訴人の住所地の町内会では、控訴人や警察に対し早急に被控訴人信州商事、同長野組の本件建物からの退去を実現させるよう要請している。

5  そこで、控訴人は被控訴人信州商事に対し昭和五九年一月三〇日到達の本件控訴状によつて賃貸借契約を解除する旨の意思表示をした。

6  控訴人は被控訴人長野組が本件建物を占有していることにより被控訴人信州商事との約定賃料に相当する一か月金七万五、〇〇〇円の割合による損害を破つている。

7  よつて、控訴人は、被控訴人信州商事に対しては賃貸借の終了に伴う原状回復として、被控訴人長野組に対しては所有権に基づく返還請求として、それぞれ本件建物を明け渡し、かつ、賃貸借の終了の翌日若しくは占有開始の後である昭和五七年一〇月二八日から右建物明渡し済みまで一か月金七万五、〇〇〇円の割合による前記約定賃料に相当する使用損害金の支払を求める。

三  被控訴人らの答弁

1  主たる請求原因1の事実は否認する。控訴人主張の賃貸借契約は控訴人と被控訴人信州商事との間に成立したものであつて、被控訴人乙野一郎との間に成立したものではない。同2の事実のうち、無断転貸の点は否認する。同3の事実は認める。

2  予備的請求原因1の事実は認める。同2の事実のうち、本件建物の賃貸借について当事者間に控訴人主張の約定があることは否認する。控訴人は、被控訴人信州商事の代表者である長野二郎が暴力団の組長であることを十分に承知のうえで右賃貸借をしたものである。同4の事実は否認する。

四  証拠に関する事項<省略>、

理由

一<証拠>によれば、次の事実が認められる。

1  本件建物は、別紙目録記載のとおり、鉄筋コンクリート造陸屋根二階建、一階八二・五二平方メートル、二階九五・一二平方メートルの二階部分であり、右建物は、控訴人が昭和四九年に店舗又は事務所として賃貸する目的で建築したものであつて、控訴人の所有に属している。

2  右建物には、一、二階にそれぞれ二部屋あり、二階の二部屋(本件建物)は、もと医療器具販売業者がこれを賃借して使用していたが、昭和五七年一〇月一八日、同販売業者が立ち退いて他に移動し、空室となつた。

3  被控訴人乙野一郎は、右立退きの日、右医療器具販売業者から聞いたと称して、控訴人方を訪れ、控訴人に対し自宅でじゅうたんの販売、洗濯等の営業をしているが、自宅では営業場所として手狭なので、本件建物を貸してほしい旨の申込みをした。

4  そこで、控訴人は、被控訴人乙野一郎を本件建物に案内して室内の模様を見させたうえ、大きい方の部屋は一か月金四万円、小さい方の部屋は同金三万五、〇〇〇円、合計七万五、〇〇〇円で賃貸することとなつた。

5  そして、翌九日、双方の間で建物賃貸借契約書(甲第二号証)が作成されたのであるが、その際、被控訴人乙野一郎において、仕事がうまくいかず、賃料の支払について迷惑をかけるといけないので、賃借人には親会社になつてもらつた方がよいと思うと言うので、控訴人もこれを承諾し、その結果、契約書の賃借人欄には被控訴人乙野一郎を介して被控訴人信州商事の記名とその代表者の押印がされた。

以上の事実が認められ<る>。

右事実によれば、本件建物は、被控訴人乙野一郎の営むじゆうたんの販売、洗濯等の営業の場所として使用する目的で賃貸されたものであるが、その賃貸借契約は、控訴人と、被控訴人乙野一郎においてその営業の親会社と称する被控訴人信州商事との間に成立したとみるのが相当であつて、被控訴人乙野一郎との間に成立したものではないというべきである。したがつて、右賃貸借契約が控訴人と被控訴人乙野一郎との間に成立したことを前提とする控訴人の被控訴人乙野一郎に対する請求は理由がない。

二次に、控訴人所有にかかる本件建物についての賃貸借契約が、昭和五七年一〇月一九日、貸主・控訴人、借主・被控訴人信州商事との間に、賃料を一か月金七万五、〇〇〇円とする約定のもとに成立したことは前認定の事実に照らして明らかである(ただし、予備的請求原因としては、以上の点は当事者間に争いがない。)が、右事実によれば、右賃貸借においては、当事者間で、本件建物は被控訴人信州商事の下請負人である被控訴人乙野一郎の営むじゆうたんの販売、洗濯等の営業の場所として使用することが約されたものということができる。

ところで、<証拠>によれば、

1  被控訴人長野組は、広域暴力団山口組の系列に属する暴力団であり、被控訴人信州商事は、被控訴人長野組の経営する会社であつて、その代表者は被控訴人長野組の組長でもあること、

2  被控訴人乙野一郎は、被控訴人長野組の構成員のひとりであり、被控訴人信州商事の役員でもあつたことがあるところ、本件建物は、賃貸借契約成立後、被控訴人乙野一郎の営むじゆうたんの販売、洗濯等の営業場所には使用されないで、昭和五七年一〇月二一日、被控訴人長野組と同信州商事が他の場所から移転してきて、本件建物に入り込み、被控訴人信州商事の営業の場所としてのほか、被控訴人長野組の事務所としても使用されはじめ、組員が出入りするようになつたこと、

3  控訴人は、もともと暴力団やその関係者に建物を賃貸する意思は全くなく、被控訴人長野組と同信州商事が本件建物に入り込んだあと、挨拶にきたその代表者から被控訴人長野組が暴力団であることを明かされて驚き、昭和五七年一〇月二二日に口頭で賃貸借契約を解除するので、本件建物から退去してほしい旨の通告をしたこと、

以上の事実が認められ<る>。

右事実によれば、被控訴人長野組及び同信州商事は、自らが暴力団又はその関係者であることを秘匿して、組員のひとりである被控訴人乙野一郎を介して、本件建物を同被控訴人の営むじゆうたんの販売、洗濯等の営業の場所として使用すると言つて控訴人を欺き、賃貸借名下に本件建物に入り込んだものと推認するに十分であり、被控訴人信州商事が、本件建物を被控訴人長野組の事務所に供したことは、控訴人との間の本件建物の使用目的に関する約定に反するものであり、右説示したところに照らせば、このことは賃貸人である控訴人との信頼関係を破壊し、賃貸借関係の継続を著しく困難にするものであるということができる。したがつて、控訴人と被控訴人信州商事間の本件建物についての賃貸借契約は、前認定のとおり、控訴人が昭和五七年一〇月二二日に口頭でした右のことを理由とする賃貸借契約解除の意思表示により終了したというべきである。

そうすると、被控訴人信州商事は、右賃貸借契約の解除に伴う原状回復として、また被控訴人長野組は、前認定のとおり、被控訴人信州商事と共同して本件建物を占有使用し控訴人の所有権内容の実現を妨げていることにより、控訴人に対しそれぞれ本件建物を明け渡し、かつ、賃貸借の終了又は占有開始の後である昭和五七年一〇月二八日から右建物明渡済みまでその賃料に相当する使用損害金を支払うべきであるところ、右賃料相当額は、ほかに特段の事情が認められない本件では、控訴人と被控訴人信州商事の前記約定賃料と同額の一か月金七万五、〇〇〇円とみるのが相当である。

三よつて、控訴人の被控訴人乙野一郎に対する請求は理由がないから、これを棄却し、被控訴人長野組及び同信州商事に対する請求はその余の点について判断するまでもなく理由があるから、これを認容すべきであり、右と一部結論を異にする原判決は右のとおり変更することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法九六条、八九条、九二条、九三条を、仮執行の宣言につき同法一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官岡垣 學 裁判官磯部 喬 裁判官大塚一郎)

目   録

長野県須坂市大字須坂字八木沢九七三番一一

家屋番号 九七三番一一

一 鉄筋コンクリート造陸屋根二階建店舗・事務所

一階八二・五二平方メートル、二階九五・一二平方メートル

右のうち二階部分全部。

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例